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心理学ワールド 90号 特集 自己と他者を区別する 田中 彰吾(東海大学) | 日本心理学会

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Academic year: 2021

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13 人を区別する  ひとは不思議な存在である。以下で見るよう に,理論的には自己と他者の区別がない次元を 想定できるにもかかわらず,現実に自己と他者 の区別がつかなくなる経験はほとんど生じるこ とがない。それどころか,自己と他者を区別し たうえで他者の心的状態を的確に理解すること さえできる。自己と他者を区別する心の作用 は,どのようなメカニズムに依拠しているのだ ろうか。ここでは,神経現象学的な考察に依拠 してその一端を探ってみよう。 ミラーニューロンの発見  考察の最初に取り上げるべきなのは,やは り,ミラーニューロンの発見という歴史的 な事実だろう。よく知られている通り,ミ ラーニューロンはサルの運動系を研究する過 程でリゾラッティらによって発見された(di Pellegrino et al., 1992)。この発見が大きな関心 を呼んだのは,他者がある行為をするのを見 ているときも,自分がある行為をしていると きも,鏡映しのように腹側運動前野の特定の ニューロンが同じように反応するからである。  ミラーニューロンの活動は,手でものをつか む行為に対応して見つかったが,後に,食べた り話したりするさいの口の動作に対応するもの も見つかったり(Ferrari et al., 2003),ゴール が明確なら動作の途中が見えなくても反応する ことが明らかにされた(Umilta et al., 2001)。 他方で,上側頭溝,下頭頂葉との解剖学的な結 合が見られることもわかり,ミラーニューロ ン・システムとして位置づけられ,他者行為の 認知や模倣において重要な役割を果たしてい ると考えられるようになった(Rizzolatti et al., 2001)。同様のシステムは人間にも備わってい ると想定され,他者のゴール指向の行為を見る とき,その意図を理解するうえで重要な機能を 果たすと考えられている(リゾラッティ&シニ ガリア,2009)。  ミラーニューロン・システムについて留意し ておきたいのは,自己由来の行為であっても他 者由来の行為であっても,システムが関与する 範囲では同じしかたで表象されているというこ とである。簡潔に言いかえると,中枢のあるレ ベルでは「行為」だけが表象され,それが自己 の行為であるか他者の行為であるか区別されて いない可能性がある。 させられ体験のリアリティ  日常の経験と照らし合わせてみるとこれは不 思議なことだろう。自分が行為しているのか自 分以外の他人が行為しているのか,区別がつか なくなるような場面は基本的には存在しないか らだ。比較的よく知られている数少ない例外 は,統合失調症の症状の一部として生じること のある「させられ体験」(被影響体験)である。  統合失調症では,そもそも自己の統合が何ら かの外的な存在によって脅かされる状態が症状 の根底にある(e.g., Sass, 2014)。そのため,た

自己と他者を区別する

東海大学現代教養センター 教授

田中彰吾

(たなか しょうご) Profile─ 2003年,東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了。博士(学術)。東 海大学総合教育センター講師,ハイデルベルク大学精神社会医学研究センター客員研究員を経て,2015年より 現職。専門は現象学,理論心理学。著書は『生きられた〈私〉をもとめて:身体・意識・他者』(北大路書房), 『自己と他者:身体性のパースペクティブから』(東京大学出版会,近刊),Body schema and body image: New

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14  二人の先生として表象される「サイコ機械」 は,患者の体をあやつり,その手を動かして字 を書かせるという。まさに,外部のエージェン シーによって身体を動かされ,意に反してある 行為をさせられる経験として,この症状が生じ ていることがわかる。ただしその一方で,後半 の記述では「それはぼくなのです」「ぼくはぼ くの内部において旅をする」という表現で症状 が語られている。つまり,させられ体験の最中 にあっても,自分の経験であるという意識(そ して自他弁別の認知)もかすかに保たれている のである。この点について,どのように理解す ればいいだろうか。 エージェンシー以外の要因  ミラーニューロンの機能をさせられ体験のよ うに特異な症状に重ね合わせ,自己と他者の区 別には二段階の情報処理,すなわち①行為の表 象の形成過程と,②行為主体が誰かを決定する 過程が脳内で進展しているとする主張が見られ る。たとえば,Georgieff & Jeannerod(1998) は「Whoシステム」というモデルを提案して いる。Whoシステムは,行為を表象する過程 と,その行為を自己と他者のどちらかに割り 当てる過程とで構成されている。Jeannerod & Pacherie(2004)はこの考えを発展させ,誰の ものか決まっていない,いわば裸の「行為の意 図」を構成する神経活動と,その行為を実行し ているのが「誰か」を決定する神経活動によっ て,自他いずれかに帰属するエージェンシーが 生成するとしている。また加えて,この二段階 はそれぞれ,(a)誰のものでもない純粋な「行 為の意図」に気づく経験と,(b)意図に対応 する行為をしているのが誰の身体であるかに気 づく経験(エージェンシーの経験)に対応する と指摘する。  だが,この説明は,中枢の神経活動を優先さ せることで現実の経験から離れすぎてはいない だろうか。木村が記述している事例では確かに エージェンシーの帰属先が問題になっている が,それは他者になったり自己になったりして 揺らいでいるのであって,誰のものでもない中 とえば「他人が自分を陥れようとしていて嫌が らせを受けている」という被害妄想や,「周囲で 自分の悪口を言っているのが聞こえる」という 幻聴など,自己と他者の境界のゆらぎを反映す る症状が現れる。もちろん,妄想や幻聴に現れ る他者は実在の他者とは限らず,電波や宇宙人 や秘密組織のように得体の知れない存在として 経験されることもある。画家E・ムンクの著名 な作品『叫び』は,当時彼自身が苦しんでいた 統合失調症の症状の苦しさをよく伝えている。 ムンク『叫び』(1893年) Wikimedia Commons より  させられ体験もこうした自他の境界のゆらぎ を反映した妄想の一種として生じるのだが,症 状がもっぱら行為を通じて経験される点に特徴 がある。患者は,自己の身体が他者によって操 られていると感じる。行為の意図そのものが外 的な存在に由来するものとして経験されること もある(Vahia & Cohen, 2008)。つまり,自己 とは異なる外的なエージェンシーによって自己 がコントロールされる経験にこの症状の核心が ある。たとえば,精神病理学者の木村(2006) が患者自身の訴えとして記述している症状に次 のようなものがある。 ぼくはサイコ機械です。サイコ機械はM先生 とT先生です。サイコ機械はぼくの体の中には いって,こうやって〔紙に字を書く〕ぼくの手を 使って連絡してくるのです。それはぼくなので す。トポロジー的な場の転位なのです。ぼくは ぼくの内部において旅をするわけです(p. 307)

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15 人を区別する 立的な行為の意図が最初に経験されているよ うには見えない。加えて,患者は「ぼくの体の 中」「ぼくの手」という表現のしかたで,動い ているのが自己の身体であるという認知を依然 として保っているように見える。  角度を変えて,私たちの日常の経験から考え てみよう。水を飲もうとしてペットボトルに手 を伸ばすさい,それがどれほど自動的で無意識 に近い経験だったとしても,手を伸ばした後に なってそれが自分の行為だったことに気づくこ とはない。通常の場合,「行為の意図」は最初 から「私の行為の意図」として経験されてい る。させられ体験では,誰の行為の意図である かが混乱した状態で行為が始まっているが,そ れでもJeannerodらが主張するように,誰のも のでもない「裸の意図」が存在するようには見 えない。それに,させられ体験の場合でさえ も,動いているのは自己の身体である,という 認知は保たれている。  ミラーニューロン・システムの活動だけを考 慮するなら,確かに脳は中立的に「誰かの行 為」を表象しているのかもしれない。ただし, 他者の行為が主として視覚情報として与えられ るのに対して,自己の行為は視覚情報よりはむ しろ運動情報を中心にして与えられるのであっ て,固有感覚や運動感覚を通じたフィードバッ クがつねに作用している。それゆえ,仮にエー ジェンシーが神経活動のレベルで「誰」の情報 を持たないとしても,動いている身体について は「私の身体」という所有性の感覚(sense of ownership,所有感)がともなっているはずで ある。自己と他者の区別には,エージェンシー だけでなく身体のオーナーシップも深く関与し ているのである。 最小の自己意識  記憶や時間性など不必要な要因をすべて取り 除いてもなお残存する最小の自己意識は,現 象学では「ミニマル・セルフ(minimal self)」 という概念で呼ばれている(Zahavi, 2005)。 ミニマル・セルフがエージェンシーの感覚 (sense of agency,主体感)とオーナーシップ の感覚(所有感)によって構成されていると指 摘したのはGallagher(2000)である。両者は, 通常の行為では深く連動していて別々に経験さ れることはない。主体感とは,「私がこの行為 を引き起こしている」という,行為にともなう 暗黙の(反省以前の)感じを指す。所有感もま た暗黙のうちに行為に付随するもので,「この 行為は私の経験である」という感じを指す。  両者が分離して生じるのは,不随意に身体運 動が引き起こされる場合である。たとえば階段 を登っている場面ならば,「登るという行為を 引き起こしているのは私である」という主体感 も,「この行為は私の経験である」という所有 感も保持されている。しかし同じ場面で突然後 ろから押されて倒れると,おそらく倒れている あいだも「これは私の経験である」という暗黙 の感じは維持されているが,「私が引き起こし ている」という主体感は生じない。  だとすると,神経活動のレベルで見ても,主 体感と所有感には共通の成分と独自の成分があ ると推測できる。随意でも不随意でも,身体が 動いている限り,動きにまつわる視覚的,固 有感覚的,運動感覚的なシグナルが中枢へと フィードバックされ続けることを考慮すれば, これらの求心性シグナルは,所有感と主体感の 両者にとって重要な成分だろう。一方で,随意 運動のみにともなう成分として,運動制御に 利用される遠心性シグナルがある。こちらは, 主体感にとって重要な成分である(Tsakiris & Haggard, 2005)。  では,所有感のみに独自の成分はないのだろ うか。ラバーハンド錯覚(Botvinick & Cohen, 1998)のように,身体を静止させて所有感を 操作する行動実験のパラダイムを利用すれ ば,主体感から分離して成分を特定すること もできるだろう。Tsakiris, Longo & Haggard (2010)は,主体感なしで所有感が生じてい る場面では大脳皮質正中内側部構造(cortical midline structure)が,逆に所有感なしで主 体感が生じている場面では前補足運動野(pre-supplementary motor area)がそれぞれ活性化 していると指摘している。

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16  皮質正中内側部構造は安静時の内省状態で活 動が高まる,いわゆるデフォルトモードネット ワークを構成する主要な領域である。つまり, 外界に注意を向けているよりは,むしろ,内臓 とそれに連動する情動も含め,身体内部に由来 する求心性シグナルが優位の状態に対応してい る。その意味では,たんに身体の所有感に対応 しているというより,「身体が存在する」という 背景的感覚に対応して,「私が存在する」という 基底的な自己意識に関係しているように思われ る。Northoff & Bermpohl(2004)も,正 中内 側部構造と自己意識との相関を示唆している。 おわりに  以上から,次のようにまとめられるだろう。 自己と他者を区別する認知は,させられ体験に 見られるように,行為にともなう主体感のレ ベルでは混乱することもある。また,ミラー ニューロンの活動が表情などの情動表現を反映 する場合は,「自他の融合」として感じられる 経験も引き起こすだろう。  その一方で,所有感はたんに固有感覚や運動 感覚といった体性神経系だけでなく,自律神経 系に由来するより広汎な求心性シグナルとも絡 み合って,きわめて頑健な自己意識を構成して いると思われる。哲学者のFuchs(2018)は, 従来のミニマル・セルフよりも一段深い,「生 存感(feeling of being alive)」に由来する自己 を構想している。このレベルでの自己は,そう 簡単に他者との区別を失うことのないメカニズ ムを備えているだろう。

文 献

Botvinick, M. & Cohen, J. (1998). Rubber hands 'feel' touch that eyes see. Nature, 391 , 756.

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Umilta, M. A., Kohler, E., Gallese, V., Fogassi, L., Fadiga, L., Keysers, C., & Rizzolatti, G. (2001). I know what you are doing. A neurophysiological study. Neuron, 31 , 155-165.

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参照

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